こんにちは!ますさばです。
この春から年中の5歳息子、スイミング教室に行き始めました。
そろそろ2か月が経とうとしています。
「水泳教室に通わせるのは私のエゴではないのか」
と自問自答しています。私。
・・・というのも、初回2回は大暴れ。それ以降はメソメソ泣き。
教室に向かっている道中と、教室に着いてから、先生に引き渡すまで泣いています。
いずれも教室が始まってからは泣かずに頑張っています。
でも教室の前日は「明日行きたくない」と言います。
息子には了承はとったものの、ほとんど私のごり押しで水泳教室の体験に参加させ、そこで問題なさそうだったので、本人の了解得た上で入会しました。
そもそも、その時点で彼は行きたくなかったのかもしれません。
今思うとお友達と一緒に参加した手前、嫌と言えなかったのかもしれないし…
親としては「本人が嫌がることを無理にさせなくても良いのでは」という気持ちと、
「嫌だけど頑張る気持ちを養わせても良いのでは」という気持ちで葛藤しています。
そこで、自分の気持ちの整理のためになぜ私は「水泳に通わせたいのか」を考えてみます。
まぁ、「水泳に通わせること」と正当化したいのだろうと言われても仕方ない・・・(まさに親のエゴむんむん)
教育方針は家庭によって様々だと思うので、そこは予めご了承くだせぇ。
もくじ
私が子どもを水泳教室に通わせたい理由
スイミングって今かなりメジャーな習い事じゃないですか。
それもそのはず。私の住んでいる地域の先輩ママさんたちに聞く限りの話ですが、今、小学校では、水泳の授業時間の確保が難しくて、「泳げない子が泳げるようになるまで」は教えて貰えないんだとか。
だから多くの子が入学前に、ある程度泳げるようにスイミングに通う。
そうすると泳げない子が少数で目立つ。
そういう事を聞くと親心として「やっぱり入学前に通わせておかないと。」となるじゃないですか。。。世知辛い世の中じゃ・・・。
小学生の娘さんがいるママに聞いた話では、娘さんが小1当時、プールの時期に担任の先生から個別で連絡が来て「近くのスイミングスクールで夏季講習があるから習わせてはどうか、泳げないのは娘さん含めた数人しかいません」と打診されたそう。
その日娘さんは学校からプール教室夏期講習のチラシを持って帰ってきたそうな。。。
あぁ、世知辛い世の中じゃ。。。
※もちろん地域や学校によって対応は違うと思いますがね!
魚類じゃないんだから、泳げなくて当然よ!
泳げなくったって、胸張っていなさい!
そう言ってあげられたら良いんだけど、そうも言っていられない複雑な親心。
できれば、泳げない方の少数にはならずに苦労させたくないと思ってしまう。
マイノリティーであっても折れない心を養うのも大切だが、実際小学校低学年でそれはキツイよね。
私のまわりの泳げない(カナヅチな)人々
私自身は小学校低学年の夏休みに、近所のスイミングスクールの夏季講習でバタ足を習得。
その後、学校のプール開放日に通いつめ、独学でクロールと平泳ぎを習得した人間ですっ(ビシッ)
私のように、ある程度教えてもらったらなんとなく泳げるようになった人間もいると思います。
でもね意外と泳げない大人って多いんですよ。今みたいにスイミングもメジャーじゃなかったから。そういう人たちは「泳げなくってもいいじゃない」と胸張って言えるのだろうか。
そう思って私の周りの泳げない人を思い出してみる。
泳げない大人①・・・夫
色黒、スポーツ万能、細マッチョ(だった)彼だが、全く泳げない。いわゆるカナヅチ。
付き合っていたころに一緒に海に行った時、私の浮き輪をさりげなく奪ったw
そして私は彼がすっぽりと収まった浮き輪の紐を引っ張ってあげてたw
他の習い事で忙しくて水泳教室に通う暇もなかったそう(義母談)
しかし彼は水から陸上にあがればスポーツにおけるポテンシャル高めだったので自己肯定感も高め。
むしろ海行った時など沖に行ったり、危険な行動は一切しないため、安全かもしれぬ。
ちなみに小学校の水泳授業は、泳げないクラスに分けられていたけど、泳げないなりに楽しんでいたそう。幸せな人だ・・・
でもやっぱり息子には「泳げた方がいいよ・・・」と言っている。
泳げない大人②・・・夫の兄
夫の兄もスポーツ万能タイプなのに、全く泳げない。
彼もまた弟と同じく、他の習い事優先で水泳教室に通わなかった為に泳げなかった。
大学の時スポーツ学科だったのだが、水泳の実習で単位を落としたらしい。
そして教員免許をする上で水泳実習があるので、大人になってからスイミングに通ったが
結局泳げず、免許取得は諦めたそうな。
「泳ぐことの意味が分からない。俺、沈むもん」そういっていた義兄の言葉は印象深い・・・
ちなみに現在0歳の甥っ子には幼児のうちからスイミングスクールに通わせたいと言っている。
泳げない大人③・・・実兄
私の実の兄も泳げない。
近所のスイミングに通おうとしたが、体験教室が何らかのトラウマを作った。
小学校の水泳の時間は良い思い出がなく、中学の水泳の授業は全て「アレルギー性結膜炎」を押し通し、入水することはなかった・・・
母親にこっそり、当時の体験教室のトラウマの話を聞いてみると、体験教室に行ったのは小2の時。やはり、水泳の授業で泳げないクラスに振り分けられることに心配して連れて行ったのだが、その時何があったのか。「もう絶対行かない!」と言って親子共々、泳ぐことは諦めたとのこと。
インドアで控え目な兄なので仕方なかったのかもしれませんが、母は「あの時、無理にでも通わせていたら何かが変わっていたのかねぁ」と遠い目をしながら呟いていました。
長い目で見て、幼児をスイミング教室に通わせるべきか考えてみる
でね、うちの夫然り、泳げない人は言うんです。
「自分は泳げないけど、泳げた方が・・・いいよね。」と。
そう、「泳ぎを習う」ってどうも他の習い事とは違う気がしてるんです、私は。
それは学校の授業で水泳があるからというのもありますけど、なんというか・・・
いざと言う時の”生き抜くための術”いうか。
だからと言って嫌がる事をさせるのは違う、親のエゴやー!というのも分かるんです。
ただね・・・うちの子の場合、何を始めるにしても恐らく最初は嫌がる気がするんですよね。「初めて」ということが嫌なだけで、水泳そのものは嫌がっていないような気がしています。
「嫌がらなくなる年齢まで待とう」、とか子ども本人が「絶対コレをやりたい!」と言うまで待てばいいのかもしれませんけど、それがいつ来るのかも分からないし、来ないかもしれない。
とりあえず始めてみて、嫌な経験を乗り越えて楽しくなることだってあるだろうし、いろいろな事に挑戦する勇気が育まれるかもしれない。
人生を長い目で見た時、「辛かったけど頑張って良かった」とか「本当は嫌だったけど親の言うこと聞いておいてよかった」、「嫌がる自分を無理やり連れて行ってくれた親に、今は感謝」とか、その手の事ってよく大人が自分の子ども時代を振りかえった時に言いがちじゃないですか。
私自身も「親の言うことって聞いておくもんだな」って思う事って多かったんです。
なので、その時にどう思っていようが、最終的に子どもに尊敬される、もしくは信頼されるような親であれば、そういう風に思ってくれるんではないかなと。安易な考えですかね?
兄のようにトラウマになってしまうこともあり得るわけではあるんですが。
その子の性格と、親の考えた方次第って言ったらそれまでなんだけど・・・
正解がなくて難しい。それが子育てだねー。
「こうした方が良かったよー」なんて全部結果論だからね。
自分の子どもにあてはまるかなんて分からないし。
嫌がる水泳教室・・・その後
んで、とりあえず泣きながらもご褒美で釣りながら教室に行かせておりまして。
前回の水泳教室。初めて泣かずに着替えもすませてススす―っと先生の方へ向かっていきました。
せ、せ、成長なのか?・・・いや諦めなのか。
とりあえず、嫌がりながらも水泳に通わせて良かったのかは20年後くらいに考えるとして
今はもう少し見守ってみるつもりです。
とりとめもない文章をお読みいただきありがとうございました。