不登校きろく

【小1不登校】不登校ボーイとHAHAHA【8】夏休み明け。いよいよ不登校に…

2021年9月に不登校になった小1息子と母の記録。
いつかこの日々を振り返った時にそんなこともあったね、ハハハと笑っていられるように…
今も現在進行形の実録。「不登校ボーイとHAHAHA」
【1】〜【7】は↓

【時系列で読める】小1不登校きろく2021年9月に不登校になった小1息子と母の記録。 いつかこの日々を振り返った時にそんなこともあったね、ハハハと笑っていられるように…...

 

【小1不登校・登校渋り】いよいよ始業式

1学期の後半、登校渋りがほぼ落ち着き、他の子と同じように自宅の玄関先から1人で登校班に合流、登校できるように。
順調かと思われた矢先、夏休みに入り今度は学童への行き渋り。

再度、行き渋りという問題に直面した1ヶ月を過ごし、親としては不安しかない状態で始業式を迎えます。

予想通り、始業式の日の朝から「行きたくない」と行き渋り。
集団登校の集合時間までに落ち着くことができず、大泣き、大暴れの状態なので集団登校に付いて行って連れていけるレベルじゃない状態です。

学校には遅刻の連絡をし、こちらが怒ったりなだめたりを繰り返し、本人が「学校行くから送って行って」と言うので送って行くものの、学校に到着してからも車から降りれず結局欠席になったり、そういう苦しい日が何度か続きました。

 

【小1不登校・登校渋り】体調不良の欠席をきっかけに…

9月中旬の日曜日。
自宅で過ごしていた時に腹痛を訴えるので熱を測ると37度8分。
いつもの「発熱しても本人は元気!」みたいな様子と違い、だるそう。
翌日月曜日、たまたま私が休日だったため、大事をとって学校は欠席しました。

今思えば、この体調不良の欠席が一つのきっかけだったように思います。
これまで「行きたくない気持ち」と「それでも行かなければならないの気持ち」の間で必死に戦ってきたけれど、体調不良という(本人的に)正当な理由で欠席できたことで、頑張ってきた糸がプツンと切れたような。

【小1不登校・登校渋り】ほとんど行けない状態に…

そして大事をとって休んだ翌日、体調も万全な状態でしたが、欠席。
(ここらへんの記録がないので、どんな様子だったのか覚えていませんが、きっと激しい行き渋りの末、休もう、となったのだと思う)

その翌日も欠席。
この日は夫が在宅勤務に切り替えて、息子の様子を見てくれていましたが、自宅にいる時も欠席した後ろめたさからか、「しょんぼりチャレンジタッチしている」という風にやりとりしていたLINEに書かれてました。

それから、その翌日も朝に激しい登校渋りがあり、それでもその日は何とか連れていったようです。

【小1不登校・登校渋り】楽しいはずのイベントが…

それから迎えた週末。
家族で出掛けた先で、息子がいつもよりかなり元気がない状態だったのを今でも覚えています。

大好きな芸人さんが地元で開催されるイベントにやってくる!ということで、お笑い大好きな息子なので喜ぶだろう、気分転換になるだろうと、連れていったわけなんですが、

お笑いイベントなので、周りの観客は弾けんばかりの笑顔、笑い声が飛び交っている中で、息子の笑顔は引きつっていました。

それは帰宅してから夫も同じように感じていて、「息子、ちょっと、ヤバい状態なのでは」というのが夫婦の共通認識でした。
子どもが「笑えない」ってかなり深刻な状態ですよね。
今思い出と、この時、辛い思いをさせてしまったな、と苦しくなります。

【小1不登校・登校渋り】「しばらく学校休もうか」

そして9月下旬。
どうやっても行けない。そんな日が何日か続きました。

私がどうしても仕事を休めず、午前だけ休みをもらった日。
午後から自宅に来てくれた祖母と交代して、私は仕事へ行こうとすると大泣きで引き止められます。(これまでの彼からすると明らかに異常な様子に見えました)

この時期から恐らくですが、「学校へ行けていないことへの不安」からくる母子分離不安の症状が出始めたのです。

このあたりで、夫婦共にこれ以上学校へ連れていくことはできない、と判断し、本人に「学校、しばらくお休みしようか」と伝えました。
入学以来続いていた登校渋りの日々、本人もそうですが、対応する私たちも限界を感じていました。

「しばらく休もう」とはいっても、息子の精神状態殻みて正直1ヶ月や2ヶ月でまた学校へ行けるとは到底思えませんでした。もし万が一、学校へ行けるようになっても、これまでのように下校後に学童へ通ったり、祖母にお迎えを任せたりということは難しいかなと感じていました。

多分母親である私のサポートを必要としているのだろうな、と。
そもそも母子分離不安の症状が出ていますからね。

転職したばかりの職場でしたが、なかなかにハードな職場だったので、むしろ辞めたいくらいに思っていたのでw
この時点で退職して息子とゆっくり過ごそうと決めました。

当時は死にそうなくらい苦しかったのですが…
こうしてうちの息子は晴れて?不登校になりました(笑)