こんにちは!ますさばーです。
今日は5歳の甘えん坊息子を育てている中で、「子どもは親の分身ではない」と感じた私のハナシ。
甘えん坊で敏感なかわいい息子
うちの息子はとても甘えん坊です。赤ちゃんの時からよく泣きました。
人見知りもすごかったし、夜泣きも大変だった。
保育園に行くようになってからも1年くらいは朝ずっと泣いていました。
保育参観とかお祭りとか、母親の私が一緒にいる場では私の側から離れようとせずずっと抱っこだった。
幼稚園に行くようになってからも登園拒否が大変だったし
今でも登園時、時々泣きます。家でも何かあるとすぐ泣きます。
「甘えん坊」と言われればそれまでなのですが、腑に落ちなかった。
「HSC」の概念をしった時はコレだ!と思った。
けれども私自身がまだまだ勉強不足でよくわかっていなかったりもする。
※HSCとは人一倍敏感な気質を持つ子のことです。
反面、すごく明るくて元気で、大人の話を聞いては言葉を覚えて難しい言葉を使ったり、周りを笑わせるユーモアがあったり、とてもかわいい息子です。
自分の子どもと他の子どもを比べてしまう
でも実は、
- 「どうしてこんなに寝付きが悪いんだろう」
- 「なぜささいな事ですぐ泣くんだろう」
- 「物怖じせず堂々としている子もいるのに…」
- 「参観日にいつも通り上手にできないのはなぜ?」
- 「同じ場面でも平気な子がいるのにどうしてうちの子は…」
そんな風にいつも感じていました。
園の行事で親子共々参加した時に、他の子がダンスをしたり歌ったりしている中で、なぜうちの子だけが私に抱っこを求めてくるの?私だってあなたが踊ったり歌ったり見たいよ?
抱っこして他の子を見てるだけじゃ意味ないじゃん。
「○○くんは元気にうたっていたのに」
「〇〇ちゃんは上手に踊れていたのに」
そうやって行事の度に、自宅に帰ってきてから落ちこんでいました。
息子ではなく「私自身」の問題?
そういう事を何度も経験して、今。
息子5歳年中。
ようやく参観日に私から離れて他のお友達と同じことができるようになりました。
初対面の大人にも物怖じせず挨拶したり、話しかけたりもするようになりました。
すごい成長だと思います。成長したなぁ、良かったなぁ、安心…
なんだけども、
この段階にきてようやく、私の不安事っていつも「息子」の中にあるのではなくて「私」自身にあったのではないかと。
そう気づき始めたわけです。
「甘えん坊で敏感な息子が心配」と思っていたけど、実は「息子のありのまま」を受け止めきれない自分が一番問題だったのではないか?と。
これは心配事がある程度解消したから言えることなのかもしれません。
でも、
「他の人の目が気になる」
「他の人より、少し優れた自分でいたい」
そんな気持ちが私の心の中にはいつもあるような気がするんです。
子どもに自分の理想を押し付けている?
知らず知らずのうちに、私は息子に
「こういう子に育って欲しい」
「こういう人になって欲しい」
そういった理想を押し付けていたのかもしれません。
登園拒否を心配していた時も、
「幼稚園を嫌がる原因は何だろう」
「心配だ」と思っている反面、
「なぜすぐに慣れてしまう子がいるのにうちの子はこうなんだろう」
と、他の子と比較することをいつもセットで考えていたように思います。
私自身も小学校低学年頃まで非常におとなしくて臆病、人見知りをする子どもだったんですよね。だから私の中で「物怖じしない活発な子」がずっと理想して心の中にあるような気がするんです。これがインナーチャイルドというのだろうか?
自分ができなかったことを、その理想を知らずのうちに息子に押し付けていたのかもしれません。
先日書いたプール教室も…
本当は「子どもがやりたい」という日を待つのが正解かもしれませんね。
自分の理想を押し付けている悪い例かもしれません。
https://koduregaiku.com/swimming_class
子どもを認める。自分を認める。
私は、自分自身の心にも向き合えていないのかも。
親にとっての子どもって本来なら、「存在するだけ」で尊いものだったはずです。
産まれてきたばかりの赤ん坊の頃を思い出してみましょう。
そして、
ー子どもは親の分身ではないー。
とりとめもない文章になってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。